形を持たない文字への断章的アプローチ

Shuya*が脳内妄想を書き散らす。

初恋

初恋だった。

私の弱い心を一気に惹きつけた。

 

恋とは甘いものである、

内に密かに棲む声が言った。

恋とは楽しい事である、

本から溢れる文字たちが言った。

恋とはいのちそのものである、

日記帳がそう言った。

 

だがしかし、

私に苦しみと涙を授けた、

その恋は。

 

初恋は言う、

恋とは心の叫びである。

そして、

恋とは一つになる事であると、

恋とは全てを共にする事であると、

私は知った。

 

冬の寒さの厳しい日

初恋は別れを告げた

何も残さず静かに

私は布団の中で屍となった

寄せ書き

 私の短い人生の中で、一番思い出深い寄せ書きの言葉は、二文字で綴られた。 
 小学生の時のほうが中学生の時よりも転校という言葉をよく聞くものではないか。それは他人に対する考え方によっても違うのだろうが、小学生の時の転校の知らせは、誰かもわからない他学年の生徒を送ることを、無機的によくしていた。
 だからというわけでもないが、その時誰が転校したという類の記憶は一部を除いて、無い。
 その転校した奴は、私が稀に覚えている転校したという類の記憶に入る奴だった。小学校の5年の夏の終業式の時の話だった。そいつは、全てにおいて普通だった。特に目立つわけでもなく、かといって目立たないわけでもなく、中庸をいく奴こそ、私が書いた一番印象に残っている二文字の対象になった奴だった。
 実はそいつとは六年間ずっと一緒の学級に入る予定だった。私の小学校は3年でクラス組み分けを行う学校だったので、3年まで同じだった上に、4年の始まりのクラス分けで同じだったため、六年間ずっと同じクラスになる予定だったわけだ。
 始まりの頃はそんなのではなかった。というよりも男子は男子、女子は女子で纏まりが形作られていたので、あまり干渉しなかったが、やがてそいつはちょっぴり周りから浮いて見えるようになった。
 決して厭な奴というわけではなかったが、しかし、私はその中庸というむず痒さをずっと感じ続けていた。そいつはは何故ずっと中庸を進み続けるのだろうか、何が彼を普通に駆り立てるのか。私は気になってしょうがなかった。
 そいつに送った二文字は、彼を中庸から踏み外させようとするものだったのかもしれない。
 そんな奴が転校すると聞いて、別段哀しくは思わなかった。だが、妙な靄が心に残っていた。
 そして私は、回ってきた色紙に二文字、周りの文字より少しばかり小さめに、
 『死ね』
と名前も添えずに書いた。
 ここまで来ると完全にタチの悪いクレーマーと同じ事をしている気分だった。例えば、想像力の無い読者が、つい先日買って、昨晩読み終わった、終わり方が『読者の想像に任せられる』といった系統の小説について、出版社に電話をかけて、わざわざその切れ味の悪さに対して文句を言う様な、それだった。
 私は彼があの後どうなったか知らなかったが、つい先日、小学校から高校まで一緒だった友人と呑みに行ったところ、彼はずいぶん前に亡くなったそうだ。自死したらしい。
 原因は分かっていない。しかし、その原因に私の二文字が関わってくれているのなら、私は嬉しいし、辛かった。
《終》

失われた感情への哀歌

 ここ最近、子役ビジネスというものが流行っていると新聞で見た。
 親が子を特別な物、格別な物として育てたいのは分かるが、少しやり過ぎでは無いかと私は思った。

 ここ最近、感情が表せない子をよく見る。ただ虚空を見つめ、目からは光が失せている。子供の部分だけ、まるでモノトーン写真のように、私には色褪せて見えた。その子供には天の青さが見えていても、感動するという行為が無いかのように振る舞っている。幼い頃の私は空の青さの深みに恐怖し、怯えたことされあるのだが、その子供は、ただ何一つ言葉を発せず、それを普通にある物としか捉えていないように見えた。

 つい最近、私は子供が親に愛されている一場面を見た。しかし、それはとても奇妙に思えた。膝の上に座る幼児の瞳には何一つ映らないくらいの深い黒があり、ハイライトすら存在しない。そんな子を親はわしゃわしゃと頭を髪が乱れるくらい撫で、まるで人形を扱うように、乱暴に生きている幼児を扱っていたように見えた。こういう物は親子の愛と言えるのだろうか。

 今の子は親によって感情を失わされた。
 そういう一言がピッタリだと思う。幼い頃から感情を意図的に無視させ、ただ演技に没頭させてしまう。それが今の子役という物では無いか。
 きっと、親は子供に至極の名声を与えることによって、満足しているだけではないのか。
 子供は、親の人形では無い。ましてや、ここは飯事の世界ではないのだ。

 いい加減に目を覚ませ。

延命(3)

 もう今が何時だか分からなくなっちゃった。
 私はただ一人、今度は真っ白く明るい部屋に閉じ込められた。さっきはしなかった音も聞こえてくる。機械の稼働音だろうか。
 口元に違和感がある。
 背中にも。
 左腕にも。
 臀部にも。
 前の時から変わらないのは、私が全裸であるということ。

 口には病院で付けられるような酸素マスクが付けられている。
 後には穴が開けられ、太いパイプを私の体の内外に蔓延らせている。

 周りから見たら、きっとグロテスクなんだろうなぁ。

延命(2)

 西暦2053年8月23日の何時か。
 私は、どこか知らない場所にいた。
 窓が無い。しかしほんのりと灯りがある。地下なのだろうか。
 非常に肌が寒い。何も着ていないのだろうか。私は自分の今いる状況を確認しようと、首を曲げようとしたが、首は何かで固定されており、しょうがなく部屋の見渡せるところまでを二つの眼で見渡した。
「…なにかいる。」
 部屋の隅は硝子で囲まれている。
 さっきは気づきさえしなかったが、白衣を着た人が数人程度見受けられる。
 やはりここは何かの実験施設だ。私は察した。
 そんなことを思っていると、微かに話し声が聞こえてくるのもわかる。
「J-24から脳波検出、アクティブ。」
「……の準備をしてください。」
 私の視線にある先の扉が横にガスが出るような音を出して開いた。
 入ってきた人も全員白衣だった。
 ということは、何かの隔離施設ではないだろうか?と思った矢先、私は意識を失った。私には首に冷たく鋭いものが刺さった感覚だけが残った。

延命(1)

『…近年、延命技術の研究が大分進歩して居るらしいですが…』
『…後数十年すれば、誰でも永遠の命を得る事ができるかと……大分アバウトですが…』
 近年…いや、ここ最近は妙にこの話題がホットである。『延命技術』とは、世間から見れば基本的にあまり関わり用のないものだ。
 ひょっとしたら、それはSFなどでよく見られる『コールドスリープ』の事を示しているのかと思うが、実際のところ、その技術は全く世間に明かされていない。
 しかし、永遠に生きるとはどのようなことだろうか。

 私はこの時、自分が『それ』のモルモットになるとは思いもしていなかった。